2009年5月29日金曜日

阿修羅展のぶっこわれっぷり。




正気の沙汰とは思えん。

延べ人数だとは思いますが、

この半数の人だけでもいいから、
実際に興福寺の宝物館の彼に会いに行けば
交通機関、宿泊施設、お土産屋さん、それは奈良に留まらず、
京都、大阪でも消費活動が起こるだろうに。
さすがの阿修羅も奈良に居ては経済効果の一躍にもなり得ぬか。

国立博物館が社団法人化したとはい
え、国営機関のサービス一環。
あまり収益をあげると来年の予算にひびく。
これだけの盛り上がりっぷりを考えて予め輸送費にそれなりの予算を
かけていたろうか。
そうなると潤ったのは日通と保険会社くらいだろうか。
よけいな心配ばかりして
いる。

国宝や海外からの美術品輸送をほぼ独占しているかに思える日通。
しょっちゅう荷物を紛失してくれるペリカン便のイメージ、
そんなとこに大事な美術品を預けていいのか??
がやたら強いけど、既に今は亡き・・・。
ペリカン便と一緒にしてくれるなと
、某関係者によく言われてましたが。

大事な阿修羅像にはこれから南への長旅が控えておりますが、
その輸送トラックに追っかけの白タクとかついて
東名を走り抜けてたり
する光景も見れたり。




ところで、

阿修羅ファンクラブ公式ソングCD「愛の偶像(ラブ・アイドル)」をプレゼント。
ってなに?


阿修羅の物語。帝釈との覇権争いといっても、
嫁の取合いだったような気がする。


     
 




鈴木さんへ

最新の感動情報です。

パンがおいしかった話をする友達が
すずたんしか思い浮かばなかったので。
失礼。


神戸基準の高さを改めて実感する。

数年前まで年に数回訪れては
「神戸では3日間洋菓子とパンを食べ続ける」という苦行を敢行
していた頃には秀でた感動は受けなかったのですが。

先日丸の内ビルの出店の発見をよろこびつつ、
結局改めて買いにもいかずに玉々ヨッタ玉高 で再発見。
デパ地下ワンパターンに最近飽きていたので少しうれしかったっす。

懐かしさから、「耳のパイがねーな。」とかぶつぶつ言い
ながらも4個入りで500円のパン袋を購入。
大変美味しゅうございました。
4個の中の1つが冷めきったクロックムッシュだったのですが、
トースターで焼き直したらこれまた、ときめきました。
次回は角食も購入しようと思います。
キャラメルラスクもおすすめ。
ご自宅より多摩川沿いにお散歩しつつどうぞ、お試しください。

※用賀に店舗があるようですが、
窯が違うとしたらそれには信頼が置けないので、
玉高いってください。





崎陽軒のひょうたんの件


お父さんとお母さん。
馬鹿息子二人と親戚のおじさん。

といった構成でしょうか。

一つづつ、キッチンペーパーにくるまれ、
大切に保存されております。
シュウマイの個数が少ない函のほうが家族のバリエーションが
あるみたいですね。

とりいそぎー。



2009年5月28日木曜日

玉高探検

旗持ってるのって、熊じゃなかったっけ?

ケーニヒス クローネとの位置関係などやぼな事をかんがえつつ。
お店のお嬢さんたちの「きちんと」さが素敵だったので購入。

焼き菓子のスティックケーキと、ブレーメンなる栗のケーキ。
大変美味しゅうございました。


ケッセルには蓋も付いているのか?などと、
一体ナニに再利用する気なのか、どうでもいい疑問とともに
次回はシュークリームを買う事にする。

siegeskranz-ジーゲス クランツ



本日のランチ

お江戸にも素敵な所がまだございました。
なぜかココにはぴーかん晴れの日に縁がない。

グランドプリンスホテル高輪 にて。

中庭に広がる芝生や木々の新緑が
真直ぐに降る雨に洗われて美しい。
隅々まで手を尽くされている館内からの眺めは
清められた硝子によって尚の事明るく輝いて見える。
行き届いた設備のメンテナンス。
ホテルのホスピタリティー評価に重要なポイントだものな。

美しい硝子の中に、体を冷やす雨から守られている安心感。
音がなくとも絶え間なく降り注ぐ雨と、野性的な乱雑さを払拭した整った庭。
「手入れ」が意味する日本人が好む美がある。

ラウンジ で待ち合わせて食事の前に暖かいカフェオレをいただく。
同席者は私よりもホテリエの対応に厳しい方だ(笑)
客の目線に反応するタイミングの善し悪し、対応の段取りや流れの美しさ。
それはマニュアルを片手に持っている様相ではこなせない要求。
客の要望への対応、人間的な流暢な会話には実はかなりの能力が要求される。
誰にでもできるという事ではない。
高輪の丘陵に鎮座するプリンスホテル群。
その中でも、グランドプリンスホテル高輪であれば、彼らの評価を
ある程度満たしているらしい。

天婦羅 若竹 で天丼をいただく。美味。
若緑の紅葉越しに貴賓館のシルエットが見える。
都内でもこんな時間が堪能できる。
一寸離れた新高輪やさくらタワーのすこし乱雑に動く空気のうるささが
まったくない。
この静かさが今のご時世、経済的には命取りなのかもしれませんが(笑)
大切に存続していただきたい。

大将も秋には執行猶予も解け。
末端のものまで巻き込む泥仕合再燃となるのか。
伝統ってどこにあるべきものなんでしょうかね。


2009年5月27日水曜日

椅子メモ





座面の高さ、深さ共にバッチリ。
肘掛も華奢過ぎず太過ぎず。フォルムがモダン。
こうゆうユーズド、探せばありそうだよな。




2009年5月25日月曜日

さよならさんかく

スウェーデン語でさようなら。たそう。

ショップの出口専用口にばっさり「さようなら」もなんか寂しいですが。
常にいろいろ、始まったり終わってますので結構この言葉って重いと思う。。

2009年5月24日日曜日

本日の平氏池




蓮の華咲く浄土サマーまであと今少し。
蚊の方は達成まぢかだけど。





あおさぎ


4羽が順にテイクオフしたのに、まともに写ったのが
最後のこの1羽、このテイク。

フレーム内にそれらしきがいるだけ良しとする。

2009年5月23日土曜日

静御前

合成ではない。

このショットに人っ子一人写らないなんて時間帯もたまにはある。
砂利を踏みしめる音だけ。
虫の声もまだない。

本日のランチ

土曜日出勤のランチは妹手作りのキャラ弁。
オレンジのランチボックスはスヌーピーの蓋、開けばうさこちゃん。
図らずもミッフィーとなっていたのでした。

彼氏のついでに娘にお弁当を作ってもらったお父さんの
複雑な嬉しさも、垣間見た気がします。

ハートの玉子焼きは彼の弁当にも投入されていたのだろうか。
NOと言えない彼氏になってないか、などいらぬ心配などしてみたり。

ミッフィーに箸を突き立てる事ができずに最後まで残り、
弁当箱の底で耳を曲げてみたり、しばし弄ぶ。
かわいいが、おかず無しでうさこちゃんの顔大の
白米の塊を平らげることになったのに気づく。

ごちそうさまでした!

2009年5月11日月曜日

iMac仕様


改装の途中経過。
くりぬいたところと、ケーブル用の穴をあけてもらう。
※左端はごみではない。


わずか数ミリがつかえ、中に入らなかったiMacをみて、
拙宅を施行したエージェント(いんちき坊主)が大笑いした。
色々策を練り、程よいアールを出しつつ、一段目の本棚をくりぬく。笑。
そのアールに瑞雲の彫り物を入れろといってるに、
鼻でわらいつつも、いつもの私の無茶な相談を上手く切り抜けてくれる。

この寺の次男坊は、
にーちゃんが継ぐことになってるからお山に行く必要なんかなかったが、
このまま寺のぼんぼん扱いのままではと、人間の危機を感じ、
自ら1年の限定で永平寺へ昇ったという。
大学を出た22〜3歳にとって、1年という時間は生き急ぐ故、
やたら大切に思えてならない。
一生のスパンでの1年という考え方なんか到底無理だ。
そんな時に娑婆を離れてお山で生活など、
なぜ良しと判断できたのか不思議でならなかった。

しかし彼はどこをどう突っ込んでも、
「1年間は厳しさの中に身を置こう。という堅い決心があった。」
のだという。
でも、1年間きっかり。だそうだ。
他の雲水に「お前は継がないんだから、
あと5年くらいはいるんだろー」などと
からかわれたりもしたが、それ以上留まるという選択は
最初から最後までなかったそうだ。

永平寺の修行は古の頃より現在まで、
その厳しさに一切の変りがないという。
女人禁制はさすがに解かれているようだけど。


当然、現在でもその経験は本当に大切であった事を
常々実感しているというし、
逆にもう3年位はいてもよかったかな。などといっている。
私の微妙な冗談も、察知よく応えてくれるし。本当に良い漢だ。

本棚の支えはやはり身の丈11センチの邪鬼でたのむ。
表情とフォームの指定は後日送るので。。。



東山の智積院 の気持ちのよい雲水たちを
たまに思い出す。
あちらは都会の雲水だけど、
それはそれでよい学びをうけているんだなーといつも思う。


デスクが広くなって快適だ。
ありがとさん。







2009年5月4日月曜日

気高きマ・クベ

吉川の信長 がマ・クベ の声とリンクして、楽しくてたまらん。
ちょっと立派になったマ・クベだ。

NHK大河 、謙信と信長の当時の位置関係に触れる前半期。
今や上杉本として国宝指定されたる洛中洛外図屏風 が
信長から謙信に贈られるくだりが盛り込まれていた。
劇中、謙信公と目される人物画の行幸図は
信長が故意に書き足させたものとしてドラマタイズされ、
青武者たちが掲旗の基、メンタリティーを高める進行上のプロセスとなる。



上杉家に伝わる『上杉家家什宝目録』、つまり上杉に伝わる家宝録は、
史学観点からの史料価値を認められない嫌いがあり、
美術史料としての価値さえも諸説否定の根拠にされえた。
つまり、己の権威を記す為に書かれた家宝録には信憑性を置けないと。


 『(謙信公)御書集』(天正二年三月の条)の抜粋がある。

 同年三月、尾州織田信長、為使介佐々木市兵衛遣(干)越府、
 被贈屏風一双、画工狩野源四郎貞信、入道永徳斎、
 永禄八年九月三日画之。花洛尽、被及書札

これは自家宝の記録を粉飾する必要も無い、
事実のみが数値をもって記録された部分。
天正2年(1574)3月、永徳が永禄8年(1565)に書き上げた
花洛尽の屏風を信長が贈ってきやがった。
 という記録。

将軍家(室町幕府)お抱え画師一族の棟梁、永徳が画の屏風を
たとえ幾多の修羅場を潜っていても、上洛に執着する一介の
田舎大名でしかなかった信長がなぜ持ち得たのか。
屏風画が仕上がった永禄八年、4ヶ月前の5月、
13代足利将軍 義輝が松永久秀に暗殺される。
棟梁の永徳が自ら手がける屏風は再上洛を遂げた13代将軍のオー
ダーだったことは疑い様も無い。
政局の急変にお家の興亡が懸かる舵取りを敏感にこなす棟梁が
行った営業ターゲットが信長であっても不思議は無い。

また、同資料は、屏風(上杉本)左隻に描かれる公方邸へ訪れる
大名行列の籠を根拠をもって謙信公と定め、
公方が謙信へ贈る為にオーダーした屏風と仮説を立てている。
つまり、オーダー主を無くした大作の屏風を渾身の思いで書き上げ、
次なるを信長と読み取った男はそれを呈する。
歳の頃同じくして、互いに上に就く立場となった主が無念の死を遂げる。
9年の後、その思いは屏風の本来の主となる男のもとへたどり着く。
画を仕上げた年月が併せて伝えられた異例の記述となった事を物語っている。

件の公方邸の門前では武人に守られた少年が闘鶏を見物している姿も描かれている。
義輝が13代将軍を継いだのは11歳だった。

 そこにはそう記されている。




足利義満(3代)から代々受け継がれ、途中から外部へ流出し
ことごとく値をつり上げて行った「つくもなす」 。
足利義輝(13代)を殺した松永久秀から信長が取り上げた頃には
九十九貫の騒ぎではない値で取引されていたという。
8代将軍以降足利の手に戻る事はなかったが、
この巡りも横隔膜をしっくり重くする。

せめて吉川信長、本能寺の火炎の中、
「あの『つくもなす』は本当に良いものなのだよ」と
片口上げて笑ってほしいものだ。
本能寺という名のギャン で茶会に乗り出す前に
『つくもなす』を秀吉に託していたなら、尚可。
吉川晃司のファンクラブ1年限定で入会しよう。






藤原全盛期以来の宗教芸術興隆。
戦国桃山時代の文化、芸術の隆盛を担ったバックグランドは
腐臭の如くを放つ、仏前の熟れた供物を思わせる。
荘厳から離脱した果ては金のしゃちほこだものな。
あっぱれ。






とりあえず、wikiにギャン のページがあったことが今回の収穫と、
吉川の素敵っぷりがどうしても云いたかっただけ。




     

2009年5月2日土曜日

稔典先生


稔典先生に写真を見せて自慢したら
「ほしい」と言ってくださった「大声で歌うカバ。」
売っているのを見つけたから是非お渡ししたいんだけど、
現在、志していることが遂げられるまで
京都断ちしているので伺えません。
先生、いずれかで見つけられても入手されませんよう。。。

捨テハテタカラダ、ドーナロウトモ構ワヌコトナレドモ、又穴ガアクカト思エバ余リイヽ心持ハセズ。コノコト気ニカカリナガラ午飯ヲ食ヒシニ飯モイツモノ如クウマカラズ。食ヒナガラ時々涙グム。
(子規『仰臥漫録』十月二日)

人間がダメになってるなー、とか
悲観しか出てこなくなった時にこれを思い出す。
身代わり地蔵が入ったパンドラの匣のごとくに。
しかし、今ちょっと、それでもだめだ。
突いた膝を立てて立ち上がるどころか、
朽ちていく子規の病床に添い寝してしまう。
彼が望んだ詞へのイマジネーションは、
顎の力が抜け落ち、半開きの乾いた唇で、
涙グムことすら奇蹟に近い。

柿の実を噛み締める横顔さえ、この男は影を秘め美しく。
今ここに居る己の空間と、遠く鐘を突く人の空間をパラレルに
一見交わる事無く感じている。
私には営みのその奥行きさえ見えなくなってる。
スーパーフラットだ。?。

複数の講演会に応募してやっと1日だけ抽選に当たったのに、
当日仕事を入れてしまった。
受講券が送られてくる前日に。。。
軒並み応募者多数のため抽選漏れの返信が着ていて
今回は全然だめなんだーと諦め、スケジュールを消してた。
こんな小さなマヌケさえ人間の腐食度合いを感じさせる。
神様、仏様、狐様ごめん。もう一寸腐食は進むかもしれません。





2009年5月1日金曜日

本日の種まき

最近、種を蒔くより苗を買って来た方が
効率的だと感じている。





ゴーヤのグリーンカーテン。
種5粒入りを3袋もらって来た。

受粉をさせてやると良いらしい。
会社が買収されてキャラクターが変ったことに
結構皆さんこだわっている。
ブランドが消える事の不思議な程のこだわりや
モチベーションの急降下。それは十分理解している。
けど、吸収合併慣れし過ぎなんだろうか。オレ。
そんなに騒いでも、愚痴っても、
会社は回さなきゃなんないし、半ば勝手にでも進んでく。

私はこのU:go、実は少し気に入ってる。

ごめん。


岐阜産 発芽率95% 本当だろうか。