2006年3月30日木曜日

京都でさんぽ

京阪電車で大阪を出て京都へ。
京都にいくと歩かずにいられない。四条で降りてそのまま大宮に向かえば良いのに、
わざわざ丸太町まで行って右左デタラメに曲がって下って来る。西日がまぶしい。

あ、にしゃんた氏宅らしきを発見。
さすが。絵に描いたような京都の民家。シックに素敵に暮らしてるようで。

ふらふら寒いのに歩いて行くと、以前から気になってた陶器屋さんを発見。
京都スーベニイル手帖(夏秋編)
夷川商店街ハセガワ陶器店
店舗内を年代不明の陶器がどっさり。
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地層のごとくみっしり。しかしながらその地層も度重なる発掘者によりあちこちで歪みが生じていてほじくる程おもしろい。
価格はほとんどおかあさんの記憶と都度のインスピレーションな気もしますが、
探しているアイテムに気に入る絵柄があって、且つ欠けや気になる程のキヅが絵柄に無ければ
普段使いには満足度大。
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オレンジに近い柿茶のティーカップを発見。
デイジー風の柄がキュート。しかし、ソーサーの釉薬が長年の埃でかなり痛んでる。
レースペーパーとか敷いて限り無くベタな感じで使えるかな。
カップの方はぜんぜんきれいで、諦められなかった。1客650円。これは、高かったのかお買得なのか。自分的には結構満足なんだけど。

今回の大満足はこれ。
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こんな姫なケーキ皿がほしかった。赤紫に近いピンクの薔薇柄。
いい加減な感じのプリントも余計にぴったり。一枚150円。
これは30枚くらいの山積みの中から欠けてるのや薔薇の柄がずれまくってるのを避けて
発掘した四枚。
今日はなんでもよくがんばる。

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その他、やはり柿茶の湯飲み250円とボウル1枚。650円。
おかあさん、1度650円と言い出すとなんでも650円になって来たような気がするので
このへんでストップ。
あとは、かなり絵柄が豊富なご飯茶わん。
これはかわいーーー。し、素敵な昭和初期。おかあさんも「60年前に焼かれたもの」と断言してた。
「60年前に・・・」物凄く古く感じる。

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自宅に戻って戦利品を広げていると、ウチのマミーが、
「あら、こんなようなの、小学校のときにお母さんと食器屋さんに行って買ってもらったわ。
懐かしい・・・」だって。
確かに60年前に焼かれた物だった訳だ。

100円なり。

有限会社ハセガワ陶器店
夷川間之町角 075-231-0503

[京都][たび][季節]まだまだ歩く。

京都の春はいそがしい。

鴨川さくらまつりとのことで
花灯籠の灯籠が三条から四条にかけてと灯ってて、
寒くて風もあったけど、つい欲張ってあるいてしまった。
さむい。
出店でも一生懸命声をかけて下さるが、歩き抜けるのがせいいっぱい。
ちょっと寒すぎてざんねんだった。
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こういう情緒たっぷりなイベントを提供して、堪能する心のゆとりがあることが
この町のすごいところだなと。

まだまだ歩く。

円山公園もまだ行った事がないから、人混みを覚悟でライトアップを見に行こうかと思ってたら、
鴨川沿いの灯籠につられて結局三条までのぼってしまったので、
いつものように三条田毎でたぬきそばをいただき、白川通りをくだることにした。
と、さらっと思い付くけど、相変わらず無駄に歩く。ものずき。
鴨川を渡り知恩院の方向に東へジグザグに下って行き、白川北通の東端に着く。
祇園どまんなかよりは人が少ないだろうと目論んでだけど、
この通りのライトアップは今年からだそうで、結果的に実は穴場だった。
寒さと他のスポットではまだ開花してない所為もあって人出は少ないほうなんでしょうけど、
しずかにほの暗い櫻を堪能。

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既に寒さで体はかちこち、写真はぶれぶれ。

そのまま白川南通へ、お約束。しかし、口惜しいけど、やっぱり綺麗だ。
どんなに人がわさわさいても、幻想的。

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ほかの写真

かなりここまでで満足度はフル。
というか、精神的にはぜんぜん平気なんだけど、おそらく、体は限界かもしれない。
と判断し、帰る事に。

円山公園。またね。。。

あとで、「京都の人間はやっぱり櫻といったら円山公園のしだれだ」と言われ、
物凄くくやしくなる。
そうなの・・・?

大阪は、モダン古書展へ。

第二回目で我慢できず大阪。
解散してしまったペヨトル工房の在庫を引き受けたクライン文庫さんが過去に一度買い物をしただけなのに毎回古書展の目録を送って下さる。
関西の書店さんなので京都や大阪が開催地。それをいつもじと~っと眺めてたわけだけど、今回はぎりぎり10日前に決断。色々理由をくっつけて。

目当ての一つはアンティークのポストカード。
明治から大正の西洋モダンに傾倒したデザインもの。
バラのポストカードが小箱の中にぎっしり立てて入れられてる。それがどっさり。
会場に入ってすぐにそれが目に入ったからもうそっちからやっつけないと。
結局私より先にいらしたお母さんと並んで2時間、一枚一枚めくって。
ほとんどが温泉地や観光地、お寺などの風景画の中、これだけゲット。

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かなりの満足度。我ながら頑張った。

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アールデコのデザインを模倣しポスターなどが盛んに描かれたこの頃。西洋の画風に新進的なイメージを目論んだのか、こういったデザインの多くはほとんどがプロパガンダを目的としたもの。
女性をおもわせる風雅なデザインの内容はアジアやロシアへの進駐の成果を讃えるもの。今回入手したものでも日露戦争の南山(nanshan)攻撃の様子と荒野に鉄条網が張り巡らされただけ(南山ノ鐵条網)の写真。占領下の南山(nanshan after the occupation)とだけネームされた風景。
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この銀箔を打ち込まれ細かに施されたデザインとのアンバランスさが人の業の滑稽を今では語るようで、風化することなく残ればいいのに。と愛おしくもなる。
おそらく、美術品的にも文化価値からも大したものでは、決して無いと思うけど、人の価値観の移ろいを思うと結構面白い。平和な時代に生まれたコなりの模索でしょうね。

その後しっかり古書もあさり、関東との価値観の違いにも多少一喜一憂しつつ一時間オーバーで引き上げました。

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大満足なり。

本日の学び

一度は試したくて今までにも機会あらば毎回打診してきたけど、何事もなかった様にスルーされるかきっぱり断られてきた。
今回は一人だったし。急だったから他に丁度いい便が空いてなかったし、ケチッてみたり、神戸空港が使いたくて、神戸空港はそれしか就航してないのかと思ってたし。実はブランドなんて大して関係ないんだよとか思ってた矢先に社長が謝罪会見してた。ので、その場で予約。誰にも内緒。言えば勝手にANAのチケット買ってこられてしまう。

たまに自分がジェットコースターが全く駄目なことをすっかり忘れてたりして、大変な後悔をしたりしてる、ことさえも忘れてたりする。
但、モットーは「反省しない」なので味わった恐怖さえ既に忘れてる。

星印のグランドホステスはものすごく感じが良く、明らかに一元さんを見抜いていて窓側を確保して下さる。願ったり叶ったりだ。
忘れたけど搭乗口集合時間がやたら早かったきがする。けどマイペースは崩さないことにしてるからおかまいなしにフラフラしてると、搭乗便のアナウンスがながれる。ドキドキしたが違った。座席列で区切り、後方座席から搭乗を誘導しはじめた。
・・・。怪しい。素直にサービスとは思えない。
チェックインの時、精一杯のサービスかのごとく「前の方のお座席をご用意いたしますね。」と美しい笑顔を向けたねーさんが頭をヨギル。
スーパーシートの設定はなかった。
つられて搭乗口へ向かう。
用意されている機体に不快なラッピングは施されてはいない。これで負荷が多少軽減する。
ものすごく若い番号の列だったので重役搭乗。別に料金は多く払ってるわけじゃない。

搭乗口には郵便局印。貨物?

機内に入ってみれば、早く乗ろうがチンタラ最後に乗ろうが、みな平等。てか、
通路イッポンしか有りません。
なかった事にしようにも振り向けばエアホステスが不審そうに寄って来る。「降りたいです」と言い出す度胸もないから「毛布はお借りできますか?」と言ってみて後悔。それも削減されてるかも・・・。と目を游がせていると笑顔で毛布を手渡される。オールインクルージブルだろうか。後で
ブランケット 1
スマイル 1
でオプション請求来ないだろうか。
だったら今からでも倍でも払うからANAのチケット用意してください。お願い。

イッポン通路がこんなにも人を卑屈にする。


まだある。

みなさんと一緒に死出の、じゃなく空の旅をする乗務員は6人です。
機長と副操縦師二人を引いたらエアホステスはサンニン。暴れだした私をサンニンで止められるのだろうか。
エアホステスの一人は男子だ。そんなの、もう既に乗らないと決めてるユナイテッド以来だ。その男子がさっきから救命胴衣と酸素マスク装着の実演を初めてる。これだってこんな目の前で見るのは何年ぶりだろ。
あ。
前面にモニタが、ないんだ。

皆様の座席の下に救命胴衣は備えてられております。
本当だろうな。人知れず右手でオシリの下をまさぐる。
己の生への浅ましさをつきつけられる。これもオプションか。


男子は救命胴衣を装着したままエアポケット、じゃなかった収納棚の確認に回る。
戻ってきてそのままで機長の紹介。機長は自分で名乗り出ない。外人だから。名前を言われても国籍が判別出来なかったので全く印象に残らない。
あんな感じとかあっちの方とかも浮かばない国籍不明の機長にうすっぺらな命を預けて
当機は今から滑走路へ向かいます。バックで。

ずーっとずーっと、バックで。


まだバック。
このままバックで滑走路に着いちゃたらネタだな、とか思っててもまだバック。
目の前に真っ直ぐな道が伸びる。バックでここまで来ちゃった。
間髪を容れずにに真っ直ぐな道を今度は前進。飛ぶ気か・・・。乱暴過ぎやしないか?
乗員も乗客も心を一つにして飛び立たなきゃならない時に、まだそんな事考えてる。
考えてる間も一所懸命前進して走ってる。
どうした。がんばれ。思い切って飛んでごらん。お母さん見ててあげるから。
どうして飛ばない。そっち行くの?整備庫?これから?入るの?うそ・・・。

立ち並ぶ整備庫に突っ込む様に間をすり抜け拓けた視界は大井町ジャンクション。
湾岸線の高架を渡る当機。お前もだったのか。
あ、スターフライヤーだ。真っ黒だ、かっこいいな。見れた見れた。おさきに~、だ。

国籍不明の機長が腕を奮う。腕が震える。のか、経験したことのない小刻みな横揺れを体感している。
夜行バスの居眠り運転疑惑を思い出す。
駄目だ。と思った。駄目だと思ってても恐怖心はとめどなく溢れる。
飛行機が空恐ろしいものだと、人間が分不相応な領域を犯しているのだと、初めて自覚した。
旋回する機体は目の前に飾壁画の様な海面マンダラ図を映す。なんで海面とポンポン船がそこに?
積雲に撥ね除けられそうな位不安定な揺れが旋回しながら続く。
赤ん坊が泣き出した。おかげで正気に戻った。
でも、二度と乗らないと思った。

帰りはJALだし。
星印とのコードシェア便ってなんだろ。

2006年3月26日日曜日

京洋菓子司 ジュヴァンセル

京洋菓子司ジュヴァンセル

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京洋菓子司ジュヴァンセルの竹取物語

美味!
竹の皮の包を開くと
渋皮栗と黒豆がぎっしりどっさり。

じゅーしーだー。
ほんのりユズの香りもする。
トップに散っている白ゴマの香ばしさもしっかり味わえる。
一つ一つの素材がちゃんと存在感があるのに雑多では無く味わえる。
無言のティータイムとなります。
またしても京都に敗北。

やっぱ京都には住めません。
ぶたになる。





2006年3月12日日曜日

鬼ニモ邪ニモナリマスル。

知人に紹介され「にほんの絵解きサミット」という
明治大学リバティ・アカデミーの公開講座へ。

13:00開会18:00閉会という長丁場だったけど、
企画、立案者でもある林雅彦教授の司会進行とレクチャーは
自分の興味と好奇心を異なる側面からみる機会を得たのと
今後の進展に多く興味を持たせるに足るもので、
長時間であっても睡魔におそわれることなく、楽しませていただけました。

後半に行われた絵解き口演は、現役で絵解きをされているご住職や、
継承が失われていたものを見事に復活させたものまで
最後まで興味深いもの。
中でも天音山道成寺の「道成寺縁起」は道成寺副住職の口演。
「安珍清姫」の絵巻物による絵解説法。
大げさな抑揚が無いようで無機質さは一切感じられない独特な語り方で
分かりやすく興味をどんどん惹き付ける。
そもそも絵解きとは、伝承の目的をその場に迎えるオーディエンスのレベルに
合わせて理解しやすいように語り口を変えて行う物だそう。
年間何千回も繰り返されているマンネリになりがちな説法でも、
単なるお伽話ではなく、穏やかな話方でこれだけ関心を惹かせる技は人の器を感じました。
おそるべし。お山の(副)ご住職。
小野俊成氏の説法。是非今一度お山へ伺いあやかりたいものです。
和歌山か・・・彼の人遠いなー。

と、安珍という旅の僧を清姫が焦がれた一心で追って行き、
とうとう大蛇ともみまごう程のあられもない姿に成り果てて尚恋しい人を
追いひたすら走りつづけるという、
文楽を経て歌舞伎にも題材とされた日本の風俗史に欠かせないお話。
この身を鬼と化しても愛して止まない彼の人を絞め上げ火を放つ。
女の美しく悲しい性・・・の説法ではございません。

この、歌舞伎の演目として舞う「日高川入相花王」が
昨年、玉三郎さんの清姫役で公演された。
その公演を映画としたシネマ歌舞伎が春に再演される。

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次の機会は期待出来ないので忘れないように。

その他の口演もそれぞれ印象的な要素をもっていておもしろかった。
「善光寺如来絵伝」は、企画者林教授が途切れてしまった伝承を
復興させたもの。若い女性の方が口演を行うんだけど、
これがまた凄い。独特な調子と抑揚。よくとおる発声。
しかも長い。全29絵の4幅。有り難すぎる。
これをこの先伝承するのはかなりハードル高い。
と、思う私の日本文化への愛はまだまだうすっぺらなんだなと、
思い知らされることでした。

日本史をつくる文化風俗史、美術史、宗教史および思想学の
すこし歯がゆい個別の研究課程。
それら全てが理となって人の精神が成り立って来た事に対して
漠然とした表現を嫌うのも仕方がないのはわかるのですけど。
これらパズルがしっくり形をつくっていく前途のような企画だったこと。
とても良い経験でした。

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絵解き口演のシナリオ集と
「那智参詣曼荼羅」子比丘尼からいただいた梛の葉

http://www.kyoto.zaq.ne.jp/myomanji/

2006年3月9日木曜日

屋根裏の養老院

SHINJUKU LOFT 30TH ANNIVERSARY
“ROCK OF AGES 2006”


フラグが立つミュージシャンが重なりに重なったので参加してまいりました。

イベントメニューをさーらーっとみると、とうとう養老院と化したのかと
驚くような面子で、気になるのをピックアップしてくと毎週新宿に通うことになる。
負けちゃ行けない。
10年一区切りで、彼のミュージシャン達が順に出演していく企画だそうで。
なるほど。ここまでの面子を揃えられるのはやはり新宿LOFTだからなんでしょうね。
爆音がここちよし。

この日もミュージシャンだけでなく客層もおっさんばっか。
つまり、お子さまだったころ背伸びして観に行っていたシチュエーションまで
味わえるってわけ。
慣れたふりして内心びびってて。
そう、西口だったころは、ミュージシャンもお客さんもみんな年上だった・・・。

あんな小さな箱で腿くらいの高さのステージで、でもその上に立つミュージシャンは「神」。
ライブが終わって裏口から出て来たミュージシャンが夜風にあたってる姿は、
ふつーに白いガードレールに座ってるだけなのに、近寄りがたくて敬意を払うべき対象だった。
知り合いのだけの輪が楽しそうに話をしてる光景は憧れだった。

差し入れを口実に近寄ってみたり、
それを繰り返して行くうちに少しは憶えてくれてたり。
※こーゆー女子の行動が化粧バンドという分岐を作ったんじゃないかって気もして
少し反省しつつ。結果おーらいですが。
通ううちに自分が見る定位置とかできてきたり。
お客さんの中にかっこいいネーさんを見つけては、服装や仕種を真似したり
たばこすってみたり。
真似してハクつけたつもりになって、髪型やファッションなんか、
どう見てもそのハコのなかでしか成立し得ないセンスで、
たとえ新宿であっても当時では駅を歩いても浮きまくり。そりゃそうだよな。
そんな異端を見る目への反骨心とハコに入れば得られる仲間意識で
ろっけんろーとpunksはなりたってたのか。うそです。ごめんなさい。

ライブが終わると階段から出口まわりにズラーッといるビラ配り。
ビラですビラ。当時はフライヤーなんてことばもございませんでしたから。
そのビラをみてはいろんな企画がつぎつぎあって、一番すきなバンド以外にも
いくつもかっこいいバンドがいてチケット代と遠方から通う交通費でいつも貧乏。
午後の授業の単位も貧乏。金も時間も欠乏したサラリーマンのような十代。
この身を削った重さで勝負。やくざみたいだ。

「ヤ」さんといえば、新宿はメッカ。
そのうち路上で、ノルマのチケットを手売するのも危険になってきたりしてたようで、
友達のバンドの手伝いをしてたときに気をつけるように注意されたことがある。
路上で茶封筒から現金の受け渡しをする。
今思えばはた目からはかなり危険なシーン。
取り引きの物がなんであれ現金のやり取りを路上でやっていることじたいが「や」さんから
すれば「勝手にそこでやらないでください」の対象なのにそんなことさえちっとも
恐さをしらないおぢょーちゃん。生きててよかった。

そんな無神経な子供達のおかげも手伝ったか、当時のハコは時代の流れに合わせて
なんどか移転と閉鎖の噂がながれたりすることもしばしば。
その度ミュージシャンやお客さん達ががんばって維持を唱えて企画ができたりしてたな。
本当は、loftにしたらあんなとこ恐いからもうどっか引っ越すか閉めたいんじゃ無いのかなーと。
ちょっとおもったりもしたことあったな。もっかいごめんなさい。

隣人とのクールな関係。シミル目とぎとぎとのフロア。
人並み以上のアルコールと漠然とした憂い。
履き込んだブーツとギターのソフトケース。
キツいメイクと別珍のリボン。
あの時代を知っていることが優越感かも。

2006年3月7日火曜日

本日のお茶会

「ぶどう酒はないよ!」

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三月うさぎのお誕生日じゃ無い日のお祝い






赤坂プリンスホテル・パーラーファウンテンテラス・デザートブッフェにて。


2006年3月4日土曜日

沖田の死

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お借りしていた新選組読み終わりました。(やっと)
これを感想にかえさせていただきます。


新選組血風録新装改版

ハタチ×2

水みたいにのむなよっ。



ハタチになったとぬかしやがるので
大人の味をおくりつけてやる。

桐箱入り 魔王 1.8L 送料込み


2006年2月26日日曜日

六道訪問

狩野一信の五百羅漢図



あいにくの雨。
その分空いてるだろうからと思いいってきた。

東京国立博物館特集陳列による狩野一信の五百羅漢図の全50幅陳列。

本来、増上寺に献上された1幅に5人の羅漢が描かれた全100幅。
それが2画1幅として縮尺され描かれた全50幅。
当時の皇族が別注したものを後に寄贈されたものだそう。

尺寸はほぼ半分以下位だけど、放つ色彩とパワーは
画家の身を削る表現の強烈さにただ食い入り飽くことなく立ち止まってしまう。
見る方も体力勝負だ。
一挙にこの作品が陳列されるのもこれから先いつあるか解らない。
ましてや、狩野一門といえど、この異作ともいえそうな作品群にスペースを裂くには世の中の認知度も需要もぜんぜん低そう。

狩野派の絵画を時代や画家ごとに意識するようになって最初に認識したのが
この狩野一信。何かのときに別の羅漢図の一幅をみて知ったんだった。
これも縁だし、じっくり見るには雨の日しかない。
ちょうど特別展も無い時に当り(だからやってるのか・・・)
みっちり二時間以上掛けて堪能させていただきました。

この先公開の見込みのない増上寺コレクションの中の2幅も合わせて展示されていて、配置の妙に感慨もひとしお。
しかし、全幅見れたせいもあるのか、50幅の入魂度の方が強烈に感じました。
増上寺のボリュームも圧倒的ですが。

羅漢が手なづける様々な禽獣の表現も流石この一門の売りどころ。
深紅の孔雀が舞い降りる様や仔犬の様にじゃれつく獅子。
視点を変えると浮かび上がって来る悪鬼、
極彩色の双頭の迦陵頻伽の前でいったい何分くらい立ち尽くしてたろう。
この美しさに世の中がもっと目を向けるようになるのにあとどれだけ時間がかかるんだろう。

狩野派つながりで、大御所 元信の屏風絵について芸大生ボランティアの
ギャラリートークに合わせて参加した。
東京芸大院生のボランティアで絵画鑑賞の基礎を交えたレクチャーが
素人にはかなり勉強になっていいのです。

参加は自由で無料なので、
解ってそうなおじさんやわたしのようなど素人まで。参加者層も様々。
最初は多少緊張もあったようですが、やはり好きなんだな。
喋りだすと、本当に作品を愛していて、少しでも良さを解ってもらおうと
いう気持ちがつたわってきます。かっこいいぜ。
じっくりと丁寧に、作品の観賞させていただく事ができ、とても勉強になりました。
後期もたのしみにしております。


狩野派決定版
おすすめ。

かわちざくら

八幡宮

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八幡宮の大石段の横にある河内桜。今年はやはり少し遅いかな。
近くでみると濃い桜色がふくらんで来ているけど、まだ蕾は固そう。

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所用があって鎌倉八幡宮の研修道場へ行った。
事務所の方とお話をしている間も聞こえて来る勇まし声。
流鏑馬の練習をされていました。
最近見に行ってないので知らなかったけどどうやら女性の射手の方もいらっしゃるんだな。びっくりする程の通る声。
八幡様の研修道場で弓道しているとよく、流鏑馬?ときかれますが、
弓馬術と弓道は全く違うものでございますよ。

少し脇へそれて、旭屋さんへ。
豆餅の和菓子屋さん。
よもぎの豆餅はこしあん。美味。

そしてものすごい発見をする。
なんと、未だかつてない出逢いがあった。
ありえないとなかば諦めていたはずの「こしあんのどら焼」!
季節限定の「さくらどら焼」
これからは毎年楽しみにしています。よろしゅく。

薄曇りだけど陽気は悪くないし、まだ花粉もそんなに酷くないから
鎌倉国宝館にも立ち寄る。
そうか。桃の節句、お雛様の特別展が公開されておりました。
今の時期だとわりといろいろなところで、古い内裏びなをみることができるけど、
とても印象的だったのが、江戸時代後半から始まった調度品の装飾。
ミニチュアの文箱や漆器に施された蒔絵の繊細さは、
実際のサイズの調度品に尺寸が換えられたとしても尚、細かで、
当時の職人技のこだわりにただ手を合わせるばかり。
なかなか充実した散歩でした。

ホームシックの如く、京都に行きたくなるけど、
案外近場もまだまだぶらぶら楽しめるんですよ。

2006年2月15日水曜日

最近の収穫

岩田専太郎展


東大弥生門前にある竹久夢二美術館と併設の弥生美術館で開催されている
「高畠華宵アンティーク着物展」が目当てで出掛けて来た。
夢二美術館でも「アール・デコの世界」と興味深いテーマだったので、ちょうどよかった。

でもこの会期中のメインはどうやら弥生美術館の「岩田専太郎展」だったようで。

こちらは、かなりの見ごたえのある展示量で、
もともとこの方は働き者だったようで、残っている作品量は多いのでしょうが、
この規模での展覧会は珍しいらしいです。

岩田専太郎

乱歩、横溝作品の挿し絵や新聞の連載時代小説の挿し絵、
昭和初期の女性誌の表紙等々。おんな、おんな、おんな、
おんなだらけ。

これだけの女づくしでも一人一人への愛情がたっぷりと、
その首筋、髪の流れ先、背中から腰への流線に注がれていて、
絵を見ているだけで丁寧になぞられているようなエロティックな気分になる。

作品は時代ごとに陳列され、戦時中の多くの画家がそうであったように
プロパガンダによる作品も残されている。
ベージュの軍服着た寸胴の兵隊さんの絵なんか描きたくなかったろうに・・・。

その余波なのか、空襲で財産を失ってしまったこともあってか、
戦後の作品は艶やかさは磨きがかかり、妖艶どころではなく、「ぎりぎり」。
それでも時代を超えて惹き付けて止まない美しさは健在。
女に生まれたからにはこうでなくてはイカン。と思わされる事しきり。

「一日に3~4人(だったかな)の女性を描いている。
いままで描いて来た女性だけの人数で一つの国ができる・・・。」

とか、そんなようなことを言っている記事があった。。。
また素敵な男を見つけてしまった。
ご存命でないことが悔やまれる。

ところで、何気なく得た収穫を回想しつつ、ふと思い当たるところがあり、
帰宅後、自分のライブラリにある、「発禁本・地下本」のインディックスをめくる。
城市郎の発禁本人生

ありました。やはりこんなお仕事もしてましたのね。
という感慨深いオチでした。

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地下本も今や白日の下に晒されております。

2006年2月13日月曜日

課題図書

「秘めごと」礼賛



「秘めごと」礼賛
著者:坂崎重盛

人に何かを薦められるというのが、案外すきなのです。
ギフトもそうですが、薦められたものを開いてみたときに、
その人が自分をどういう風に見ているか、場合によってはそれまでの付き合いの
評価となってそれが送られてくるとも考えられるわけで。

年明け、学期明けテストのように配布された
web上の日本語テストの結果により部長から渡された課題図書。
本というのは、自分で読みたいものが順番待ち状態なので人から薦められたりすると、
優先順位に困るのですが、ウチの部長の場合は、その点百戦錬磨、しかも私とは
おそらく畑が全然違うので興味深く、且つ信頼度もあるので、
逆にうれしかったわけですが、結論から言うと本当に面白かった。
まず、新書版を自分で選定することがほとんど無いので、それを手渡された瞬間、
「やばい」「でもいいきっかけかも」が同時の感想。ぱらっとページをめくれば、
よく知る文豪の名前とくすぐったくなるような単語。

著者の書き出しには男の「秘めごと」を推奨するための著作となる宣言が。
多くの文筆家がその書でアンオフィシャルな愛についてを己の美意識をもった
フィルターを(あからさまに)掛けて綴る。
その様を同じ男の立場から、その表現の真意、心情とその真実、を
暴くかのように解説して交えていく。
それがなかなか面白く、一見ポルノ文学アンソロジーとして終わってしまうんじゃ無いかと
危ぶむとともに、「ははぁ~」「へぇ~」「ああ、そうだったのか」「やっぱり」等と、あれこれ
過去の出来事にてらしてはほくそ笑む事、電車の中だ。
案外これには、並びたてられているそれらの文筆家達どころか、現在手中で複数の恋人を
転がしている気になっている多少の理解力を持った男なら、相手にこの本を読まれた
事を知るや、冷や汗か、小さく悲鳴を上げるところではないんだろうかしらん。

当然のこと、もの言うのは女の立場からになるが、記述にあるとおり、
オフィシャルな恋人もアンオフィシャルな恋人も愛されている事には変わりはないとは
理解しても、己がいずれかのポジションに立ったとき、愛情の優劣ではなく、
握った鍵の重要性を重んじるべきだと思っている。
男がそれを個々の恋人に握らせる力量と精神力はそれなりの覚悟が必要なわけだ。

全てを承諾してそのポジションを望む恋人はけっしてそれ以外を望まない。
何も理解する必要がなく陽だまりに座らせておく女ならその陽だまりを死守する。
このどちらか一方でも壊してしまえば男の価値はその時点から向こう約半年は半値以下だ。
アンオフィシャルがオフィシャルの目の前へ出てそのポジションを鷲掴みにせんとしゃしゃりでるのも、
オフィシャルがアンオフィシャルの存在を知りその場を立ち去っても
それらの恋人を飼い馴らす事ができなかった失墜は大きい。
いずれか残った(残ってしまった)恋人の価値さえも足を引っ張る事になるのだ。
かんべんしてほしい。

中盤加えられている女性達の短歌や、女のコトバとしてかかれたストーリーの中の台詞を
引用し訴える部分からも、この著作、じつは多くは女性の読者を視野にしたもくろみもあるんだな。
そのとき自分がどのポジションとなった場合であっても、男のあるべき、女のあるべき、
と、その心の中にある「愛」と「情」の行く先を冷静に受け入れ、この世に堕ちた意味を
知ろうと訴えて終わっているような気がする。
とはいえ。

たとえば、
「この本を読んで、覚悟を決めたのでオレと不倫してほしい。」と、
下腹部深くを握られた上で腕っぷし強く抱き寄せられたとしても、
その際何とお答え差し上げられるかはこの場では差しひかえさせていただきます事、ご容赦下さいませ。



ってぇ~感じです。ぶちょー。

2006年2月11日土曜日

ソラノリング 長谷川潔展




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空気が冷たいのが心地よい快晴。

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横浜美術館は贅沢に取られた空間を存分に活かしている質の高い施設の一つ。
会期中に催される様々なイベントやレクチャーも興味深く、
一日を費やしても疲れを感じない。
今回の「長谷川潔展」は横浜出身のアーティストとして、この横浜美術館開館以前より
準備がすすめられていたという満を持したもの。
そのとおり、作品の展開方法や手法へのこだわりによって素人でもかなり分かりやすく
且つ重厚な意志が伺える、感謝さえしたくなる展覧会でした。

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長谷川潔氏の作品を知ったのは京都で必ず伺って一年分のポストカードを物色して来る
便利堂さん。
京都国立近代美術館所蔵の「仮装したる狐」に一目惚れして以来。

整然とそぎ落とされた揺らぎの無い線で表現される静物等が
その視界の向こうで持つ意志と前後のストーリーの存在を確信させる。
幾何学の中に巧妙に配置された空間の広がりは圧倒的だ。

「コトバにはできないから、絵を描いている」
と言われたのを思い出す。
文才が無いからということではないのは解ってたけど。
私は常にコトバで並べ治め、コトバで粉飾することで、足下の調和を保ち、
それは美しい「事実」となってその存在を帯びる。
「事実」は容易く形容可能になった時点で多くを枉げて伝播していくことになる。
コトバは人がつくり出したもっとも安易な手段で、故に不穏なオブジェだった。
心を奪われる絵と逢う度にこの負けを認める。

絵はそれを描く目が見た全てを写し出している。
実体のある物の、その中に、その目に映る「事実」が写し出されたとき
伝えられる「真実」は歪みを孕まづ。



2006年1月21日土曜日

猫ハ

待ってはいなかったけど。
出かけたかったし。

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降雪の勢いはおとろえづ。

別世界とはこのこと。
今朝の雪は音も無く、なおさら深くつもる。

一日、窓の外をナガメタリ、マシンにヒトリゴトぶったり。
でも午後になって少し雪は水分を含みはじめたかな。
テラスにつもった雪が解けだしてる。

民家の暖房稼働が増してるせいか・・・。関東の雪だな。やっぱり。

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でも、まだまだ。
あと一時間大人しくしてたら
もう一回ひと遊びできそう。どうなることやら。





*p2*[きせつ][わんこ]本当に犬はよろこぶ。



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花壇も植木も no border.
しんじらんない。
普段は毛布にくるまってるか、ヒーターの前を陣取ってるくせに。

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彼女はこの後睡蓮の池に落下します。

氷の張った水面に目を見張り、瞳の閃光が変わった瞬間を見てしまいました。
「氷だ<ドキドキ小>!!」などと思っているはずは無く、
おそらく「乗っかれる<祝日>!!」だったんだと、気が付いて静止の叫びを上げるよりも早く、
物凄く鈍い音を立て浅い池に浸かり呆然と主を見る。
呆然としてるのはこっちです。
山中湖だって今日は乗れるか、いや明日かと毎日観測されてるのに、
ここでワカサギ釣りができる程凍ってたらメダカが窒息します。
はやく、自力で上がれ。


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終了ですっ。

2006年1月6日金曜日

京都でお誂え。

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こんなにうっとりなことってあるだろうか。
私はよくあるんだけど。

京都で初のおあつらえ。
ずーっとずーっと、前から欲しかった、木版画絵の和紙で作った文庫。
去年の暮れにオーダーした物が今日届いた。

京都三条さくら井屋さんを知ったのは、
以前見たアンティークのポストカード展。
戦争の頃進駐下の日本でアメリカ人将校がコレクションした日本のポストカード
日本の文化価値観が確信できる見事なコレクションだった。

その中でも、これも日本人の個性を独特に活かす流行となった
アールデコ。というか、それを模したデザイン画、イラストが目を惹いた。
和紙に刷られた色彩とモチーフは特徴的で、女性の線がよりせつなく映える。
それが日本人固有のテイストとして定着しつつ、だったんだと思う。

代表的な夢二の作品のなかに数少なくも一番印象に残ったのが
小林かいち という画家さんのカードだった。
女性を表現するラインがより美しく求められていて、そのくせどこか陰鬱で。
それらのカードの端に刻印されていたのが版元のさくら井屋さんだった。

 祇園三条 さくら井屋版

 とあったろうか。
京都ガイドブックかぶれだったため、その名前が現存するお店なのは
ぴんときた。出合いはそこから。
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京都へ行く度お店に入ってはいたけれど、一見すると趣が違う現在の店内。
でも要所要所にこれは、と思う版画や額が飾られている。
残念ながら目当ての小林かいち氏の絵はみられなかったけど。

その後、沼田元気著の京都スーベニイル手帖(夏秋編)で
再び文庫のオーダーと出合い、いつかはいつかはと念じ続けてた。
京都スーベニイル手帖(夏秋編)

去年の暮れに京都を訪れた際、岡本太郎を愛する連れを伴い再訪。
岡本太郎氏の版木を所有していたと噂をきいたから。
人のことだと無責任に訪ねる事ができる。
残念ながら岡本太郎氏の版木をつかったものは既に失われており
観る事は出きなかったけど、手隙だったおかあさんと話が盛り上がり、
いろいろデッドストックなどを見せて下さった。
そうして登場したのが真打ち、文庫お誂えだった。

話の流れでそこまで行き着けたのが何より嬉しかった。
あとはおかあさんの話術とすすめをここちよくいただき、
和紙の絵柄を選ぶのにまた30分以上。お連れさん、付き合ってくれてありがとう。
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大好きな色の櫻色と、さくら井屋さんにあやかり、
また、話の流れで、「わかった。あなたはこれだ」とすすめられた舞妓ちゃん柄。
着物と帯、襦袢の色柄が全部異なる手の込んだ手刷りの絵柄。
おかあさん、とっても気に入りました。ありがとう。

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手漉和紙に版画されたポストカード
朱と藍のパワーにひと目惚れで一緒に購入。
舞妓ちゃんの首筋がまた、愛おしい。

さくら井屋
京都市中京区三条通り河原町西入ル
11:00 ~ 20:30

本日のいただきもの

大崎広小路 蕎麦なかむらさん


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昨年いただいた手ぬぐいをひどく喜んだのを
おぼえていて下さって、今年は二色も下さいました。
昨年いただいたのは緑で、それも素敵だったけど
今年の赤がまた、美しいこと。

最近では年末年始のご挨拶に手ぬぐいを用意されているのも
珍しくなってしまったけど、お江戸もまだまだすてたもんじゃ無い。
ありがとうございました。

2006年1月1日日曜日

総本家 宝玉堂   伏見稲荷

いなりせんべい



暮れに行ってきた伏見稲荷の参道にある、
いなりせんべいの宝玉堂で買って来たフォーチュンクッキーを開けた。

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太宰府天満宮でひいたおみくじに引き続き 大吉

「諦めましょう
  どう諦めた
 諦められぬと 諦めた」

ありがとう。
諦める必要はないと。
そのつもりでいかせていただきます。

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参加者は三人。全員が、文言は違えど大吉。
この間会社で開けたのはそんなになかったけど。

良い年になりそうだね。

総本家 宝玉堂
 宝玉堂




お正月

建長寺

浄智寺をお参りした後はそのまま建長寺半僧坊へ。

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この数年で三門の修繕が完了して、境内も着々と整備が進んでいました。
今年は、牡丹や蓮が楽しみにできそう。

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境内をずっと奥まですすみ山の中腹を目指して
階段を登って行く。
顔をあげると、目の前に無数の烏天狗と阿吽の天狗が岩の合間に立つ
不思議な光景がお気に入り。
戦時中に鉄砲を作る為に全て徴集されてしまったので、これは、復刻版。
また改めて、これから訪れる人たちが仰向けていけば、いいか。

他の写真


半僧坊でご朱印をいただき、帰りに建長寺ご本尊のご朱印もいただく。
その際、帳面を渡すと、
ぱらっと前のページをさり気なく御覧になるんだけど、
先にいただいて来た半僧坊のご朱印をみて
「あら、これ青木さんね、この筆は青木さんよ。」
と隣の方に同意を求めて私に笑いかける。

雲海の方の無事を確認していただけたなら良かったです。

どこぞの「白石さん」のようには気の効いたコメントなどない、フツーの有り難いご朱印ですが、
本日の筆が「青木さん」なら、昨年の元旦にいただいたご朱印も
おそらく「青木さん」の筆のようです。